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信託型SOの国税庁の対応とweb3のトークンインセンティブ

はじめに

5月26日に日経新聞が報道した信託型SO(ストック・オプション)について国税庁が最大55%課税をするとの報道。

 

3年前までは「信託SOだとIPOできないからやめたほうがいい!」という意見も主流だった。

特に「トーマツはダメ!でも他の監査法人はイケる場合もある!」など真意は定かではないものの、そのような言説は多かったような気がする。

 

しかし、その後信託型SOを採用した会社のIPOの事例もかなりの数出てきており、「結局、信託SO使っても問題はないんだろうな」とベンチャー界隈の人なら誰しも思った矢先の国税庁の先日の見解。

 

賛否はあるものの市民権を得てきたこの便利な制度を国が明確に否定しにきたわけだから、日本のベンチャー業界にとっては暗い影を落としたのは間違いない。

 

その是非について問いたいわけではないが、僕が危惧しているのは

  • 税制におけるストックオプションというものの根本の理解不足
  • それに起因する認識の相違が今後のweb3のトークンインセンティブにも大きな影響を与えるはず

この2点である。

 

過去にストックオプション税制改正に携わり、また、IPO監査の文脈でいくつかのスタートアップにも監査法人の業務として関与させていただき、今はweb3領域のスタートアップの支援をしている立場から、広くインセンティブという観点での課税制度について以下に私見を述べる。

 

まず、、

 

スタートアップ側のSOの認識と、課税当局側のSOの認識について大きな乖離が2つあると考えている。

 

1つ目

 

  • スタートアップ:

俺たちはイノベーションを担っているし、能力に比して給料も低いのだからもっと優遇を受けてもいい(と思っている節のある方は少なからずいるという印象)。

  • 課税当局:

国民の所得が下がっているのだから(国民全員が貧乏になっているのだから)、スタートアップの人だけを優遇するなんて許容されるわけがないだろう!

 

 

2つ目

 

  • スタートアップ:

SOは税金はかからない!!

  • 課税当局:

SOは法律で定めた要件の範囲において例外的に税金を免除する。

 

1つ目の認識の違いが2つ目の認識の違いを生んでいるのかもしれないが、、、

いずれにせよ、スタートアップはリスクを取って厳しい挑戦をしているのだから、「我々はもっと優遇されてもいいはずだ」という認識を持っている方は一定程度いるような気がする。

安定した組織で働く方に比べると非常に大変な挑戦をしているのは事実だし、その挑戦が未来の産業を作っていくことは間違いない。国富の拡大にも雇用の拡大にも貢献するのは間違いないだろう。

 

しかし、スタートアップだけが厚遇を受けるというのは、一応紛いなりにも民主主義で運用されている国民国家の枠組みでは到底許容されるものではない。

その中でも、国民の三大義務の1つを成す税務行政を司る国税局としては、課税の公平性を達成することが至上命題であり、国民1億人が貧乏になっていく中で、特定の人間だけ、それも一部の成功者が億万長者になるというスタートアップの若者を優遇するなんてあってはならんのであろう。

特に、SOは個人の所得税の管轄。非正規雇用も増え、平均年収が400万円程度まで落ち込み、1億人がじり貧になっているこの国において、打倒GAFAを目指す輝く若者を優遇するなんて国民感情的に到底耐えられるはずがない。

この精神構造の違いがSOの税制の認識に如実に出ていると考えられる。

 

そもそもSOってなんで税制優遇されてるの?

フラットに(価値中立的に)考えてみよう。

労働の対価として、給料をお金でもらえば、しっかりと税金が課される。

一方で、給料(の一部)をSOでもらえば、(その分は)課税がされない。これは制度としておかしいと言わざるを得ない。ちなみに、「給料を現金以外のモノでもらう」は課税される。本来であればSOも例外ではないはずである。

しかし、、長年の議論を受けて、確か平成6年くらいに特別に例外的に課税をしないという適格SOが制度化されたという経緯がある。

「例外的に課税を免除してあげている」というスタンスを国税庁としても崩していないはずである。

 

繰り返すと、、課税の公平性を追求するならば、SOは当然の如く給与課税。例外的に一定の厳しい要件を満たす場合、株式譲渡のキャピタルゲイン課税となった。

 

という背景があるのだが、、一方のスタートアップ側はどうだろうか??

例外的としての厳しい要件を課されているので非常に使いにくいのである。

「イケてない制度だ!!」と批判する声もチラホラ。国税庁からすると例外的に許容してあげているのに。

時が経ち、頭のいい方がこの非常に使いにくいSO制度の網をかいくぐるべく、「労働の対価ではない」と有償SOの制度と民事信託を組み合わせた信託型SOを発明した。

これが偶然か必然か、たまたま有償SOの会計基準なども整備されたタイミングと重なるように、スタートアップに広がっていき、次第に市民権を得た。

多くの有望なスタートアップがこの制度を活用した(僕もこの信託SOを勧めた会社もいくつかある)。

でも、、、「そんなの認められるわけないじゃん!!」というのが、今回の国税庁に見解につながる。

「課税の公平性の観点からそもそも給与課税するべきものを例外的に許容しているにすぎないのに、その例外をかいくぐろうとするものなんて許容するわけないだろう!!」というのが国税庁の本音だろう。

 

このニュアンスをスタートアップ側でしっかり理解されていた方はあまり多くはないような気がする。

 

 

さて、ここからが本題

超ハイリスクを取り、スーパーハードシングスの数々を乗り越えるためのスタートアップのインセンティブとしてSOは非常に機能する報酬設計である。これはまごうことなき事実だ。

ただ、課税の公平性の観点からは理屈の上では到底認められるものではない。というのが国税庁の見解だ。

 

これがこれまでの議論の整理であり、信託型SO含めたSO全般の双方の立場である。

 

さて、では、トークンをインセンティブに配るweb3ビジネスを営むスタートアップに目を向けてみよう。

SOをトークンに入れ換えた時にも同じロジックが成り立つ。

つまり、トークンインセンティブは給与課税になりうるということだ。

果たしてメンバー(コントリビューター)にトークンインセンティブを配っている会社で、受け取ったメンバーは提供した労働の対価としてもらったトークンについて、確定申告しているだろうか??

 

恐らく、大半はNOではないだろうか?

 

SOが給与課税ではなくキャピタルゲイン課税として許容されているのは、繰り返しになるが、所得税法上の定めに基づく例外的取扱いである。

「トークンインセンティブについては、例外的に給与課税の対象外とする」なんていう税法上の取扱いは残念ながら2023年時点においては存在しない。

つまり、仮にトークンで報酬を受け取ったとしても、現金で受け取るとしたならば、現金で受け取るべき対価相当分について給与所得として課税される可能性が極めて高い。

 

「いや、うちのトークンってDEXでの流動性ないから価値ゼロです。価値ゼロのトークンをもらったから所得もゼロでしょ!!」みたいな反論も成立しうる。(事実、国税庁からリリースされている暗号資産関するFAQにおいても、ハードフォークした際に付与されたトークンが付与された場合の課税上の取扱いについて、「時価が存在しないから課税対象ではない」と謳っているから、この規定が準用される可能性もゼロではない)

確かにこの瞬間にはもらったトークンはどこでも売却できない。よって、価値ゼロのトークンを報酬としてもらった場合は給与所得ゼロというロジックも成立しうる。

 

しかし、国税庁から出ているタックスアンサー No2580には給与所得に含まれるものが定義されており、現物給与に該当すると解することが十分可能だ。

現物給与とは

給与は、金銭で支給されるのが普通ですが、(中略)次に課かがるような物または権利その他の経済的利益をもって支給されることがあります。

  • 物品その他の資産を無償又は低い価額により譲渡したことによる経済的利益

 

以上を踏まえると、どうだろう?トークンインセンティブはかなりの確率で現物給与に該当し、従って、給与所得になりそうだ。SOのような例外規定もないのだから、八方塞がりのように思う。

 

まとめ

以下、最後に議論をまとめる。

  • 国税庁は課税の公平性を保つことを使命とする
  • その中でSOは法律に則って例外的に許容しているに過ぎない
  • 他方、スタートアップからすると、要件が厳しく使いにくい制度になっている。
  • そんな中、問題を解決するべくその法の隙間を突く信託型SOが登場した
  • そもそもSOを例外にしているのは、多くの人は労働の対価を現金でもらい、高い所得税を払っているのに、大々的にこれを認めるわけにはいかない。
  • さらに国民全員が貧乏になっているこの国の1億人の大衆を前に金持ち優遇税制を拡げるわけには絶対にいかない。
  • これってSOに限った議論ではなく、そもそもインセンティブ報酬全体に言えるのではないか?ではトークンインセンティブはどうなる?
  • SOは法律に則った例外事項。よって、トークンインセンティブは法律上の例外事項ではないから、国税庁はこれを認めるわけにいかないだろう。

以上です。

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