8月31日、クリプト民にとって画期的な税制改正要望が金融庁と経産省から発表された。
自社が発行する暗号資産に限り、その保有分を時価評価課税の対象から除くという法人税法の改正要望だ。
https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2023/pdf/07.pdf(左記のP9)
これまでのルールは法人が保有する暗号資産はその保有目的に関わらず、期末時に時価評価を行い、生じている含み益に対して課税するというもの。
(含み損が生じている場合は、損金として取り扱うことが可能ということでもある。)
今回の改正は基本的には暗号資産は期末時に時価評価課税をするという基本スタンスは変えないものの、自社が発行者であり、かつ、自社で保有している分については、「その年度の期末において」時価評価課税を行わないというものである。
この改正の背景は以下の通りだ。
・トークンにプロダクトの投票権を付与したいわゆるガバナンストークンを発行する場合、発行会社(=運営会社)が一定程度の投票権を持たないと機動的な意思決定ができない。
・一方で、ガバナンストークンに流動性が生じた場合、そこには市場価格いわゆる時価が付く可能性あり(もちろん市場価格の定義の議論はあるが、それは置いておくとして)
・ここで、トークン発行会社は市場価格のついたトークンを一定程度以上保有しているため、期末時に自社保有分についても時価評価を行い、含み益に課税をされてしまう。
・駆け出しのスタートアップにしてみれば、お金なんて持っているはずがない。なのに、この段階で課税されるとすごくしんどい。
・せめて自社が発行しているトークンで、かつ、自社が期末に保有している分については、直近でトークンを販売することは想定されないから税金を課すのはあまりにも酷である。
・確かに暗号資産すべてに時価評価課税を行うのは海外と比較してもやりすぎだし、また、未来を担うweb3スタートアップに対しては産業政策的な観点から課税を免除してあげるべきだろう!
この法改正のロジックは全く違和感はない。
現行の税制はBTCやETHのように発行主体が法的に存在しないような基盤となるトークンを保有している場合に持っている暗号資産に時価評価を行い、含み益相当に課税することを念頭に設計された税制である。つまり、保有者視点のみで作成されたのが現行の税制。
これが、BTCやETH以外の発行者の存在が前提となったときには、これまでとは前提が変わったのだから、税のロジックも根本から見直すべきだろう。そして、発行者が自社保有分に限り時価評価課税を免除するというのは、一定のロジックは通っている。課税負担の公平性の観点からも、担税力の有無の観点からも。
しかし、一歩踏みとどまって考えてみると、別の視点に気づく。
繰り返しになるが、改正要望案は自社が発行したトークンのうち、期末時に自社が保有している分については時価評価課税から免除するというもの。
これまでは、トークンの「保有」という視点しかなかったため、保有に関する課税関係のみを考えればよかった。発行主体は存在しないことが所与の前提だったから。
ここで、株式会社という法的に人格を付与された存在がトークンを「発行」することが前提になったとき、はじめて「トークンの発行」という行為を法人税法上に位置づける必要があるのだが、この点、全然議論が進んでいないような気がする。
実際、今回の税制改正要望をスクープした読売新聞の報道では、自社保有分の期末時評価課税は免除されるが、その後販売された際には課税取引となるような趣旨のことが記載されている。
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220824-OYT1T50011/
つまり、トークン発行取引は課税取引として、整理される可能性が極めて高いと僕は見ている。
自社でトークンを発行する場合、自社のサービス・プロダクトのユーテリティやオーナーシップの一部をトークンオーナーに譲渡することが想定され、その対価としてETHなどの暗号資産という財を得る。
その販売取引と類似の性質を根拠に、また、得られたETHという経済的価値を有する財に裏打ちされた担税力を根拠に、ここに税金を課すというのは、至極真っ当な気がする。これには全く異論がない。少なくても法人税法上のロジックにおいては。
しかしだ、、、
実態はどうだろうか?トークンの発行という取引の経済的実態を考えた時にモノの販売と類似の経済的実態だといえるだろうか?
答えはNOだろう。
トークンの発行はモノの販売よりも資金調達と捉える方が自然ではないだろうか?
少なからず、僕がお付き合いしているスタートアップの方々の感覚では確実に後者だ。トークンを発行することで財を販売したと捉える人は皆無だろう。むしろ、トークンの購入者にプロダクトのオーナーシップを持ってもらうという性質を考えると、株式による資金調達と類似の経済的実態であると捉えることがどうやら一般的だ。
資金調達は、前述の株式を発行することにより資金を調達することの他に銀行などの金融機関からの借入がある。この2つの共通点はお金は入ってくるのに税金は課されないということ。
一方で、トークンの販売はどうだろう?
トークンを発行して、トークン購入者からお金が振り込まれると、税金が課される可能性が極めて高くなる。
これでは株式発行や銀行借入の他の資金調達手法に比して、差し引かれる税額分歩留りの悪い資金調達手法になりかねない。
資金調達を検討する起業家の立場になって考えてみると、、悩むまでもなく株式発行か銀行借り入れだろう。
税金が引かれることをわかっていて、トークンで資金調達する理由がない。
この議論の帰結は、、日本でトークン発行して資金調達しても多額の税金が持っていかれるから、そもそも税制そのものがないか、もしくは税率が極めて低い新興国に拠点を移すことで、web3スタートアップの海外逃避に歯止めはかからないだろうということだ。
グローバル化が進む時代の流れ、そもそも国境がないITの世界では拠点なんてどこでもいいじゃん!という議論もあり得る。
しかし、、我が国スタートアップエコシステムの強化を掲げる経産省の産業政策の打ち手としての今回の税制改正要望は、目的と手段が嚙み合っていない気がする。
つまり、自社発行の暗号資産の自己保有に関する時価評価課税の免除という税制改正要望案が無事国会審議を経て、可決されたとしても、我が国スタートアップエコシステムの強化という目的達成は実現しないのではないか?というのが僕の問題提起だ。
起業家個人は勝手にやればいい。ただ国家の産業政策的にどうなんだろう?ということだ。
自社保有分の時価評価課税の免除という税制改正だけでも何時間にもわたる深い議論を経て、関係各所の調整を行った上で、やっと発表に至ったのだろうと思う。それだけでも大きな進歩だ。でも、web3という領域で日本のスタートアップエコシステムの強化を本気で目指すならば、これだけでは全然不十分で、もっと根本的に税制を変えていかなければならない。必要な税制改正は、つまり、トークン発行取引の非課税化だ。
もちろん、簡単な話ではない。それどころか、超えるべき壁は果てしなく高い。しかし、ここにタックルしない限り日本のweb3スタートアップは海外に移転してしまうだろう。